仙台高等裁判所 昭和28年(う)518号 判決
およそ、犯人の過失が結果の発生に対する原因を与えたときは、結果の発生に対し唯一の原因であることを必要とせず、その過失のみでは結果を発生しないで他人の過失と競合して結果を発生したときでも過失罪が成立すること勿論であつて、ただ仮令犯人の過失がある結果に向つて原因を与えたとしても、その結果が生じないうちに他の原因が加つて犯人の過失と全く無関係に結果を発生したときの如きは、因果関係の中断の考えられる場合があり得るのみである。論旨引用の最高裁判所の判例は「特定の行為に起因して特定の結果が発生した場合に、これを一般的に観察して、その行為によつてその結果の発生する虞のあることが実験則上当然予想し得られるにおいては、たとえその間他人の行為が介入してその結果の発生を助長したとしても、これによつて因果関係は中断せられず、先きの行為を為した者はその結果につき責任を負うべきものと解するのが相当である」というのである(最高裁、昭和二二年(れ)第二三二号、昭和二三年三月三日第三小法廷判決参照)。ところで、本件につきみるに、原判示事実はその挙示する証拠により優にこれを認むるに足り、記録に徴すれば、本件列車脱線の事故を惹起させるに至つた原因が、所論の如く、只単に被告人等が原判示転轍器標識及び連動器の台枕木取替作業に当り、その作業前転轍器は上り線定位でこれと一致する標識も同様定位あつたのに、誤つて標識を上り線反位に仮取付けし、又連動器はその蓋を開けその信号桿を連動函の外に取出して函の上に横たえ、信号桿と速動桿との連鎖を全く断切つて信号機に通ずる連動器の線を可動にしたままに放置して昼食に出かけたという過失のみに因るのではなくして、所論の如く、本件清水信号所駅長、同所転轍器取扱担務者及び同所信号機取扱担務者において所論法規に基く注意義務を完全に果さなかつたもので、即ち駅長においては被告人等の報告不項分のため連動器を動かすような重要作業と思わないので作業にも立会もせず、転轍器取扱担務者に対する必要な指示等も行わず、結局被告人等が昼食に出かけた後間もなく上り急行二〇二号旅客列車の通過するに際し、駅長において有壁駅花泉駅間を閉塞後、転轍器取扱担務者は、前記転轍器標識を望見したところ、被告人等の過失に基き該標識が上り線反位を示しているので、何人かが反位に転轍したものと早合点して軽卒にも現実に転轍器のところへ行つて軌条の密着状態を確認することをせず、信号機取扱担務者は同じく前記転轍標識を望見したのみで転轍器取扱担務者と連絡もせずに上り線反位に転轍しあるものと軽信して信号機を引いたところ、これ亦被告人等の過失に基き転轍器と信号機との連鎖が断つてあるため、容易に上り出発信号機等が降下して上り線開通を示したので、軌条も上り線開通に密着しているものと早合点し、駅長も各標識が上り線開通に密着しているものと早合点して列車を通過させたものであつて、かくて駅長等三名の法規に基く注意義務を完全に果さなかつた過失行為も亦これに競合基因して本件脱線事故を惹起したものであることを窺知するに難くない。しかし、仮令所論のように右駅長等が法規に基く注意義務を完全に果したならば被告人等の過失を発見是正し得て本件事故を未然に防止し得たとしても、前記の次第で本件事故は被告人等の過失と全然無関係に右駅長等の過失のみにより惹起せられたものでないことは極めて明白であるから、到底所論のように被告人等の過失は右駅長等の過失により本件事故との因果関係が中断せられたものとなすを得ない。又、前掲判例の趣旨からしても、前叙説明のとおり被告人等の過失により作業前上り線定位であつた転轍器標識を上り線反位に付けそこね、しかも信号器に通ずる連動器の線を可動にしたまま放置したのであるから、本件の如き信号所においては、その直後上り急行列車の通過に当り、右標識を見て既に上り線反位に転轍してあるものと早合点し、更にたやすく上り出発信号機等が降下し得たのみをみて上り線開通に軌条が密着しているものと早合点する者のあるべきことは、一般的に観て実験則上当然予想し得られなくはないのであるから、本件脱線事故の惹起せられた以上、右駅長等において法規上の注意義務を完全に果さなかつたと否とに関係なく、被告人等として本件事故の結果につき相当の責任を負わねばならない。所論は、前掲判例の趣旨を誤解し、右駅長等が法規上の注意義務を完全に果たすことを前提として、被告人等の過失は通常の経過において実験則上本件事故を惹起するものではないからその因果関係は中断せられるとの独自の見解を主張するもので、採用できない。以上の次第で原判決には所論のような違法なく、論旨は理由がない。
(後略)